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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)6227号 判決 1979年5月07日

原告 八田尚子

<ほか三名>

右四名訴訟代理人弁護士 内田雅敏

被告 株式会社ジャパンジャーナル社

右代表者代表取締役 広瀬優

右訴訟代理人弁護士 辻洋一

主文

一  被告は、原告八田尚子に対し金一八二、〇〇〇円、同板倉和子に対し金一八二、〇〇〇円、同水野明子に対し金七二、〇〇〇円、同田村圭子に対し金一二六、〇〇〇円をそれぞれ支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

主文同旨

二  被告

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告株式会社ジャパンジャーナル社(以下「被告会社」または「会社」という。)は、肩書住所地に本社を置き、「ザ・ジャパン・ストック・ジャーナル」という名称の英字株式新聞その他各種紙誌の発行等を業務とする会社である。

2  原告水野は、昭和四八年九月二六日、同田村は、同年一〇月一八日、同板倉は、同年一二月一日、同八田は、昭和四九年三月四日それぞれ被告会社に雇用された。そして、原告水野は、昭和五三年二月二八日、同田村は、同年八月二五日被告会社を退職している。

3  被告会社と各原告との雇用契約には、「賃金は毎月二五日締めの各月末日払い、毎年六月に二、〇〇〇円、一二月に三、〇〇〇円の定期昇給を行なう」旨の約定が存した。

4  右定期昇給の約定は各原告につき、いずれも昭和五一年一一月分賃金の支払いまで履行されてきた。

5  各原告の昭和五一年一一月分賃金額(基本給)は、原告八田については一一二、〇〇〇円、同板倉については一一七、〇〇〇円、同水野については一一九、五〇〇円、同田村については一〇九、五〇〇円であった。

6  被告会社は、昭和五一年一二月分以降の賃金については、右定期昇給の約定を履行していないので、別表記載のとおり、原告八田および同板倉については昭和五一年一二月分以降同五四年一月分(昭和五一年一一月二六日以降同五四年一月二五日までの期間)までの定期昇給分合計一八二、〇〇〇円、同水野については、昭和五一年一二月分以降同五三年二月分(昭和五一年一一月二六日以降同五三年二月二五日までの期間)までの定期昇給分合計七二、〇〇〇円、同田村については、昭和五一年一二月分以降同五三年八月分(昭和五一年一一月二六日以降昭和五三年八月二五日までの期間)までの定期昇給分合計一二六、〇〇〇円の各支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1、2、4および5の各事実は認める。同3の事実のうち定期昇給の約束の点は否認し、その余は認める。被告は、さきに、各原告との昇給約束の事実につき自白したが、これは2以下に述べる理由により、真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。

2  被告会社は、各原告と雇用契約を締結した際、毎年二回定期昇給する旨の約束をしたことはない。

(一) 原告水野との昇給約束は、昭和四八年一二月分の三、〇〇〇円についてのみであり、仮にそうでないとしても昭和四九年六月に二、〇〇〇円、同年一二月に三、〇〇〇円の昇給約束に限られ、その後について昇給約束はない。

(二) 原告田村との昇給約束は、昭和四九年一月に三、〇〇〇円、同年六月に二、〇〇〇円、同年一二月に三、〇〇〇円の範囲に限られ、その後について昇給約束はない。

(三) 原告板倉との間には昇給約束はなかった。原告板倉の雇用期間は、同原告が放送関係の仕事をしたいというので一、二か月程度のものと了解されていたのである。

(四) 原告八田との昇給約束は、昭和四九年五月についてだけであり、仮にそうでないとしても昭和四九年中の昇給約束に限られるものである。

(五) 原告らを被告会社が雇用した当時適用されていた就業規則(以下「旧就業規則」という。)二八条は「昇給は基本給につき、従業員の人物、能力、勤務成績を考慮して適宜行う。」と規定し、これが被告会社の昇給に関する実態である。他の従業員との均衡からしても右昇給条項を大きく逸脱して各原告主張のような昇給約束がなされることはなかったものである。被告は、証人大谷保の証言、旧就業規則の新たな発見により前記自白が錯誤によってしたことに気づいたものである。

三  抗弁

1  仮に原告ら主張の定期昇給の約束があったとしても、被告会社における定期昇給は勤務成績が良好であることが条件になっており、これは前記旧就業規則二八条にも昭和四九年六月制定の新しい就業規則(以下「新就業規則」という。)にも記載されているところである。しかるに原告らは、昭和五一年一〇月四日以降被告会社の要請にもかかわらずタイムカードの打刻を拒否しているうえ、その出勤日数は毎月二〇日未満がほとんどであり、出勤日の勤務状態にしてもその八割ないし九割の月は一日平均三、四時間の遅刻、早退、無断外出を繰り返しているため、被告会社は、昭和五一年一二月以降原告らは勤務成績不良により昇給額全額につき昇給適格なしと判断したものである。昭和五一年一一月までの定期昇給の実施も本来行ないえないものを行なっていたにすぎない。

2  仮にそうでないとしても昭和四九年六月制定の新就業規則によって被告会社の賃金事項の改訂がなされ、昇給はすべて査定昇給的性格に改訂され、六月二、〇〇〇円、一二月三、〇〇〇円の昇給額全額が査定の対象とされるようになった。そして原告らの勤務成績は既に述べたとおり劣悪であるため、査定の結果昇給額は零となったものである。

3  仮にそうでないとしても賃金の増額が行なわれるのは、物価の上昇、生産性の向上、技能の向上等が要因となるから、賃金増額の要因がなければ、定期昇給等もありえないわけであり、これは雇用契約を締結する際の当然の前提であり、また、実際に各原告と雇用契約を締結した際黙示に合意されていたものである。しかるところ、被告会社においては、生産性の向上などありえず、会社存続が常に危ぶまれている状態であるから、このような被告会社の実体を総合的にみれば、賃金増額要因はなく、被告会社は定期昇給の約束を履行する義務を負わない。

四  抗弁に対する原告らの認否および主張

1  抗弁1の事実のうち原告らが昭和五一年一〇月四日以降タイムカードを打刻していないことは認め、その余は否認する、同2および3の各事実は否認する。

2  各原告が被告会社と定期昇給の約束をした際成績良好を条件とすることは告げられていない。被告会社は、旧就業規則二八条を根拠に定期昇給が条件付であった旨主張するが、各原告が被告会社と雇用契約を締結した際、旧就業規則は示されておらず、また、旧就業規則は労働基準監督署にも届けられていない。仮に定期昇給に条件があったとしても、被告会社の主張する条件の内容が明らかでないから、それは法的な効果をもつ条件といえるものではなく、単に「しっかりやって下さいよ」という程度にとどまるものであり、何ら法的効果を持ち得ないものである。

次に、新就業規則については、原告ら女子従業員が結成したジャパンジャーナル社労働組合(以下「組合」という。)の意見を求めていない無効なものであり、仮にそうでないとしても、新就業規則は原告らと被告会社間の定期昇給の約束を不利益に変更するものであるから、原告らの同意のない以上効力を有しない。

さらに、原告らに対する昇給は、昭和五一年一二月以降履行されなくなったが、昇給が停止された理由については、会社幹部が「しかるべき時にしかるべき人が来て説明するだろう。」と答えたのみであり、昇給は条件付で勤務成績が悪いから定期昇給しないとの説明は全く受けなかった。

3  原告らの勤務状況については、以下に述べる事情があり、その勤務態度に問題はない。

(一) 被告会社においては、女子従業員に対し手当のない残業や深夜労働を課すなど労働条件が劣悪であったため、原告ら女子従業員五名は、昭和四九年七月一六日労働組合を結成し、被告会社に対し労働条件の改善を要求した。しかるに、被告会社は、組合の団体交渉を拒否するとともに男子従業員のみの労働組合を結成させたうえ同年一一月二二日突然会社解散、全員解雇宣言を行なった。しかしながら、この会社解散は全くの偽装であり、原告ら組合員を除く他の従業員が以前と同様の業務を継続していたため、原告らは、昭和五〇年二月五日東京地方裁判所に地位保全等の仮処分申請をなし、同年三月二九日には原告らの主張を全面的に認めた仮処分命令が出された。被告会社はその後も右仮処分命令に従わず、団体交渉拒否等の不当労働行為を次々に行なったが、同年九月二日に被告会社と原告ら所属組合との間で争議解決のための協定が締結された。

(二) 右協定書六条には「組合員は争議解決協定調印後ただちに解雇前と同じ業務に従事する」との条項があったが、被告会社は、原告らを原職に復帰させたものの、新聞部門を担当していた原告水野、同板倉、同田村に対しては解雇通告前の仕事は一部しか与えず、週のうち半分は仕事が全くないという状態が続いている。また、被告会社のドアの鍵についても原告ら組合員に対しては一個しか渡さず、会社幹部が遅刻してくるような場合には原告らが社屋内に入れないことがしばしばある。原告らの右のような勤務体制は定期昇給が履行されなくなった昭和五一年一二月の以前と以後で全く変るところがない。なお、タイムカードの打刻については、被告会社が前記争議解決後原告ら所属組合員に対してのみ打刻を要求しその余の従業員、アルバイトの者に対しては打刻を要求しないという差別待遇に出ているため、拒否している。

(三) 被告会社においては代表取締役広瀬優は他に職業を有していて被告会社にほとんど出勤せず、責任者とされる総務部門の担当者は経理の実権を全く持っていないなど社内の責任体制は全く欠如している。前記争議解決以降の春闘等における原告ら所属組合との団体交渉には右広瀬はほとんど出席せず、全く当事者能力を欠く従業員が出席するうえ、昭和五二年四月五日東京都地方労働委員会の斡旋で持たれた立会団交において「抜本的経営施策について」、「労働協約の破棄について」と題する二通の書面を提出し、前記協定書を含む労働協約の一方的破棄と希望退職を募る趣旨の案を提示するなど不当な行為を次々に行ない、同年七月一九日の団体交渉以後は団体交渉を全く拒否している状況にある。

(四) 右にみたとおり、被告会社は通常の会社が有している責任体制を欠くうえ、争議解決の際の協定にもかかわらず、原告らに争議前の仕事を与えず、労働協約等の一方的な破棄を通告するなどの不当な行為を行なっており、原告らの勤務状態を正当に評価する状態にはないものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1、2、4および5の各事実は当事者間に争いがない。

二  請求原因3の事実のうち定期昇給の約束については被告はこれを自白したものであるから(請求原因3のその余の事実は当事者間に争いがない。)、右の約束が存しなかったことを主張する被告は、その自白が真実に反し、かつ、錯誤に基づくものであることを立証する責を負うことになる。

そこで、まず右自白が真実に反するか否か検討するに、《証拠省略》中には、原告板倉とは昇給約束はなく、その余の原告についても雇用後一年間位の昇給の見通しを説明したのみで定期昇給の約束はない旨の被告主張事実にそう点があり、また、《証拠省略》によると、原告水野の労働契約書には定期昇給事項の記載がなく、原告田村および同八田とほぼ同時期に雇用された女子従業員の労働契約書には、いずれも採用後一年間の昇給に関する事項が記載されているものの定期昇給の約束は明記されていないことが明らかである。

しかしながら、当事者間に争いのない事実ならびに《証拠省略》を総合すると、原告らが被告会社に雇用された際当時被告会社の代表取締役であった大谷保は口頭で「一年に二回、六月に二、〇〇〇円、一二月に三、〇〇〇円毎年定期昇給する」旨説明したこと、原告らはすべて被告会社の特段の意思表示なしに採用時以降昭和五一年一一月まで六月に二、〇〇〇円、一二月に三、〇〇〇円の割合で毎年定期昇給しており、昭和四九年六月に原告水野および同田村について二、〇〇〇円の定期昇給がなされなかったとき、原告らが結成したジャパンジャーナル社労働組合が両名について定期昇給の約束の履行を申入れ、約束どおりその履行がなされたこと、昭和五一年一二月以降定期昇給がなされない主たる理由は被告会社の財源難によるものであり、同年一二月に定期昇給がなされなかったとき、原告ら所属の組合が直ちに定期昇給の約束が履行されないことにつき被告会社に抗議していることが認められる。《証拠判断省略》。《証拠省略》によると、原告らが雇用された当時被告会社に存した旧就業規則は、定期昇給の時期、金額等につき明示の規定をおかず、また、男子従業員については被告会社との間で個別の定期昇給約束はなかったことが明らかであるが、右は前記認定を左右するに足りず他に右認定を左右するに足る証拠はない。

してみると、被告が自白するごとく原告らと被告会社との間には毎年六月に二、〇〇〇円、一二月に三、〇〇〇円の定期昇給を行なう旨の約束が存したものであり、被告の自白が真実に反するものとは認め難いから、たとえ錯誤に基づいたものとしてもその効力に消長はないものといわざるを得ず、本件においては自白の撤回は許されないことになる。

三  そこで次に抗弁の成否につき判断する。

1  当事者間に争いのない事実と《証拠省略》を総合すると次の事実が認められる。《証拠判断省略》

(一)  被告会社は、英字株式新聞「ザ・ジャパン・ストック・ジャーナル」を発行(毎週月躍日発行)するほか海外旅行手帖の発行、海外渡航用品の製作販売を目的とする会社であり、昭和四九年初めごろの従業員数は約一七名、そのうち女子従業員は六名であった。そして原告水野は経理事務(後に新聞編集)、同板倉は新聞編集、同田村は新聞購読受付、英文タイプ、新聞編集補助、同八田は海外旅行手帖の編集に従事していた。

(二)  原告らを雇用した当時被告会社代表取締役であった大谷保は雇入れの際各原告に対し仕事の内容、賃金額、試用期間、勤務時間等を説明するとともに「毎年二回六月に二、〇〇〇円、一二月に三、〇〇〇円定期昇給するが、これは勤務成績に左右されるものであり、与えられた仕事をすることが条件である」旨告げたが、勤務成績の良否がどのように定期昇給額に影響するか等の具体的説明はしなかった。被告会社と男子従業員の間には定期昇給に関し個別的な約束はなく、被告会社旧就業規則二八条は昇給について「昇給は基本給につき、従業員の人物、能力、勤務成績を考慮して適宜行なう。」との規定をおいていた。

(三)  被告会社の女子従業員の間には深夜労働があったり、残業手当の支払いがないこと等に対し不満があり、原告水野の解雇問題(後に撤回される。)を契機に昭和四九年七月一六日女子従業員全員でジャパンジャーナル社労働組合を結成し、被告会社と労働条件の改善等につき団体交渉に入った。

被告会社は、これよりさきの同年六月下旬に新就業規則を制定したが、右組合は、新就業規則の定める労働条件が不利益であるとして同年八月一二日就業規則の変更に反対する旨の意見を被告会社に提出した。新就業規則四三条は昇給について「昇給は、原則として基本給について行なうものとする。昇給は毎年五月二六日及び一一月二六日に技能又は勤務成績が良好なものについて行なう。」と規定している。

ところで被告会社は、組合と団体交渉を継続中の同年一一月二二日解散を宣言し、全従業員に対し解雇の意思表示をしたが、原告ら女子従業員は、会社解散は被告会社が男子従業員のみで業務を継続することを目的とした偽装解散であると主張して昭和五〇年二月五日東京地方裁判所へ地位保全、賃金仮払の仮処分申請を行ない、同年三月二九日原告らの申請をすべて認容する仮処分命令が出された。原告らは同年五月初旬原職に復帰したものの仕事が与えられず、その後も就労問題、団体交渉拒否等をめぐり紛争が続いたが、同年九月二日被告会社と原告との間で紛争解決のための協定が締結された(しかしながら、右協定後も労働協約破棄等の問題をめぐって被告会社と組合の間で依然として紛争が継続している。)。

(四)  前記協定書六条には「組合員は争議解決協定調印後ただちに解雇通告前と同じ業務に従事する。」との条項があったが、被告会社は協定調印後も原告八田を除くその余の原告らに対しては解雇通告前と同じ仕事を与えなかった。このため原告水野および同板倉は新聞編集事務のうち株価計算、編集の資料となる新聞の切抜き等を行なうのみで一週間のうち月曜日、火曜日は一日約二時間、水曜日、木曜日はほとんど仕事がなく、金曜日は半日程度で処理できる仕事量しか与えられず、原告田村は、タイプの仕事がなくなり、新聞購読受付事務の一部、新聞編集補助を行なうのみであったため、月曜日、水曜日、木曜日は仕事がほとんどなく、火曜日は約二時間、金曜日は半日程度で処理できる仕事量しか与えられなかった。原告八田は解雇通告前と同じ旅行手帖の編集に従事していたが、被告会社の業績不振が影響して発行部数が減少し、一日の事務量は約三時間で処理できるものであった(原告らについては土曜日は休日となっている。)。原告らは、たえず解雇通告前と同じ仕事を与えるよう被告会社に要求したが新聞編集部門の責任者である男子従業員が原告らに強い反感をもっていることもあってその要求はいれられなかった。

被告会社における始業時刻は女子従業員は午前九時、男子従業員は午前一〇時となっており、原告八田は午前九時過ぎごろには出勤していたが、その余の原告らはほぼ午前一〇時過ぎ、時には午前一一時以降に出勤することもあり、また、原告らは、午後五時の終業時刻前に早退することもままあった。そして右の勤務状況は、定期昇給が履行されなくなった昭和五一年一二月以前と以後で変わるところがなかった(なお、原告らは、昭和五一年一〇月から被告会社が男子従業員、アルバイト従業員にタイムカードの打刻を要求していないことを理由にタイムカードの打刻を拒否している。また、被告会社では遅刻、早退につき賃金カットは行なわれていない。)。もっとも、被告会社の新聞編集という業務の性質もあって男子従業員も午前一〇時過ぎから一一時ごろ、時には午後一時ごろに出勤することが常態で出退勤時間は厳格にはまもられていなかったが新聞発行部数が逐年減少していることもあり、右のような勤務状況であっても、新聞、旅行手帖の発行が遅れるということもなく、また、女子従業員の事務負担量が少いことにより男子従業員の事務負担量が過重になるという事情もなかった。

(五)  被告会社においては、昭和五二年一一月中旬まで代表取締役が常勤でなく、総務関係事務も整備されていないため、はっきりした形での人事考課制度はなく、出退勤の管理も厳格になされていなかった。そして原告らに対しては、昭和五一年一一月まで定期昇給が実施されたが、六月に二、〇〇〇円、一二月に三、〇〇〇円と各原告とも同額であって勤務成績により昇給額に差があることはなく、また、現実に昇給にあたって原告別に勤務成績の評価ないし査定が行なわれるということもなかった。

原告らに対する定期昇給は、昭和五一年一二月以降全く履行されなくなったが、その理由については、同年末に総務事務担当者が「しかるべき時にしかるべき人が説明するだろう。」と暗に代表取締役から理由を聞くように告げたのみで特段の説明はしなかった。なお、被告会社の男子従業員の昇給は不定期で金額も定まっていないが、昇給時期、昇給額の決定が勤務成績に関連してなされるということはなかった。

2  まず被告主張の抗弁1について検討する。原告らの定期昇給については、前記1(二)認定のとおり、被告会社代表取締役が「勤務成績に左右されるものであり、与えられた仕事をきちんとすることが条件である」旨説明したことが明らかである。しかしながら、右の説明は抽象的で漠然としており、勤務成績の良否が昇給額の巾にどのような影響を与えるのか明らかでなく、また、右の内容が後に具体的に明らかにされたとの証拠もない。そして、前記1(五)認定のとおり、被告会社には、はっきりした形の人事考課制度はないうえ、昭和五一年一一月まで履行された定期昇給についても、その実施にあたり勤務成績が考慮されたとの証拠はなく、現実に年令、基本給、職務内容がそれぞれ異なる各原告につき昇給はすべて六月二、〇〇〇円、一二月三、〇〇〇円の割合による同一額で行なわれているのである。しかも前記1(五)認定のとおり、定期昇給は、昭和五一年一二月以降すべての原告について全く履行されなくなったが、原告らに対しその理由は全く説明されないうえ、《証拠省略》によれば、その主たる理由は勤務成績不良ではなく被告会社の業務不良による財源難にあったことが認められ、また、実際に前記1(四)認定事実によるも昭和五一年一二月以降すべての原告について勤務成績、勤務状況等が従前に比較し著しく悪くなったものとは認め難い。前記被告会社代表取締役の説明は単に従業員としての一般的な心構えを説いたともとれるのであるが、そうでないとしても以上の事実に徴すれば、右の説明がなされたことをもってはいまだ本件定期昇給の約束について勤務成績良好が条件となっているものとは認め難い。また、前記1(二)認定のとおり、旧就業規則二八条は昇給について勤務成績等を考慮して行なう旨規定しているが、本件定期昇給は各原告と被告会社間の個別の労働契約によって定められた有利なものであり、前記認定の被告会社における人事考課制度の不備、雇用後の定期昇給実施方法等に照せば右就業規則二八条のみをもってしてはいまだ本件定期昇給の約束について勤務成績の良好であることが条件になっていたとの事実を証するに足りず、他に抗弁1を証するに足る証拠はない。

また、仮に勤務成績良好が定期昇給の条件になっているとしても、前記1(四)認定のとおり、原告らの勤務状況は必ずしも良好ではないが、これは被告会社が原告らに故意に必要な仕事を与えないことや業務の性質に一部基因するともいえるうえ、被告会社の業務も一応遅滞なく行なわれ、男子従業員の事務量も過重にはなっていないとの前記1(四)認定の事実や昭和五一年一一月までの定期昇給実施状況からすれば、昭和五一年一二月以降各原告について定期昇給を全く行なわないことを合理的に肯認しうるほどの事由が存したものとはいい難く抗弁1はいずれの点からするも理由がない。

3  次に抗弁2について検討する。抗弁2は新就業規則により定期昇給額すべてが査定の対象になり、昭和五一年一二月以降原告らは勤務成績劣悪により昇給額はすべて零と査定されたというにあるが、前記1(三)認定のとおり、新就業規則四三条は昇給について「昇給は毎年五月二六日及び一一月二六日に技能又は勤務成績が良好なものについて行なう。」と規定しているのみで、前記旧就業規則二八条と本質的に異なるものとはいえず、また、右規定から直ちに原告らの定期昇給額全額が査定ないし考課の対象になるものとはいい難い。そして、新就業規則が制定された昭和四九年六月下旬以降における原告らの定期昇給の実施状況については既に説明したとおりであり、定期昇給にあたっては査定は行なわれておらず(男子従業員についても昇給について明確な査定がなされたとの証拠はない。)、定期昇給が実施されなくなった主たる理由は財源難にあったものであるから、右の事実からすれば新就業規則により被告会社の昇給制度が全額査定の対象になる旨改訂されたものとは認め難く他に抗弁2を証するに足る証拠はない。また、仮に新就業規則により定期昇給制度が被告主張のとおり改訂されたとしても、本件定期昇給の約束は各原告と被告会社間の個別の労働契約により定められたものであり、昇給に関しては新就業規則は右労働契約よりも不利なものであるから前記1(三)認定のとおり、原告らは新就業規則に同意しているとはいえない以上右の改訂は原告らに対しては効力を有しないものといわざるを得ない(なお、仮に査定を前提にしても各原告について定期昇給額を零にするほどの事由を見出し難いことは既に説明したとおりである。)。

4  さらに抗弁3について検討するに、被告が主張する雇用契約の当然の前提として企業の生産性の向上等がない場合には賃金増額要因がなく会社は昇給約束の履行を免れるとの所論は独自の見解であって一般的に是認されるものではなく、また、本件全証拠によるも原告らと被告会社間で黙示的にも右のような合意をしたことを認めるに足りる証拠はないから、その余の判断をするまでもなく抗弁3は失当である。

四  以上のところから明らかなとおり、各原告は昭和五一年一二月以降も毎年六月に二、〇〇〇円、一二月に三、〇〇〇円の定期昇給をうける権利を有する。そして請求原因5の各原告の昭和五一年一一月分賃金額(基本給)ならび請求原因2の原告水野および同田村の退職年月日、請求原因3の賃金の締切日および支払日については当事者間に争いがない。従って、別表記載のとおり、原告八田および同板倉の昭和五一年一二月分以降同五四年一月分(昭和五一年一一月二六日以降本訴口頭弁論終結前である同五四年一月二五日までの期間)までの定期昇給分合計は一八二、〇〇〇円、同水野の昭和五一年一二月分以降同五三年二月分(昭和五一年一一月二六日以降退職前である同五三年二月二五日までの期間)までの定期昇給分合計は七二、〇〇〇円、同田村の昭和五一年一二月分以降同五三年八月分(昭和五一年一一月二六日以降退職日の同五三年八月二五日までの期間)までの定期昇給分合計は一二六、〇〇〇円となる。

五  よって、原告らの本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 吉本徹也)

<以下省略>

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